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Mishka

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まるで映画のような人生を歩んできたミシカ。 カリブ海のバミューダ島の出身の彼は若い頃の殆どをカリブ海のボートの上、島から島へと航海する両親と姉達とイルカやクジラと戯れながら過ごす。 そんな「島の子&海の子」ミシカにとってレゲエ、ラスタファリなどに惹きつけられるのは自然であり、ミシカの音楽にどこか自然で神秘的な要素が感じられるのはそのせいである。  「子供の頃に両親や姉達から聞かせてもらった音楽や訪れた場所の数々から、僕は音楽的にも文化的にも柔軟性を身につけることが出来たんだ。 僕が今までに聴いてきたもの全てが僕の音楽に繋がっているんだ。 僕は大のレゲエ・ファンだけど、それだけじゃない。フォークやソウルやロックなどの要素も僕の音楽にはあるんだ。」 そして彼はいつもその生い立ちも国際的に注目される。 「僕の両親はバミューダで出会ったんだ。二人は海で生活する夢を持っていて、父が家族で住むためにボートを建てたんだ。 僕は3歳の頃にはボートに引っ越していたよ。そして家族でカリブ海や大西洋中を航海したよ。 ブラジルにも行ったし、カリブの島は全て行ったよ。大西洋を渡ってポルトガルとイングランドにも行ったね。」 もちろんミシカと姉達(姉の一人はヘザー・ノヴァ、ヨーロッパで活躍するアーティスト)は小学生の頃などは学校にも行かず、ボートで教育を受ける。 「地図やチャートの見方を学ぶのが僕にとっての数学と地理の授業で、いろんな国に行って人々とその国の文化について話すのが歴史の授業で、 航海中に本を読むのが国語の授業で、港でフランス人やポルトガル人と話すのが外国の授業ってところだったね。」 航海中のボートにはカセットプレイヤーがあったのでミシカは両親が愛する音楽を聴く事が出来た。 ビートルズ、ジミー・クリフ、ディラン、ジミー・バフェットなどを聴いていたが、 「しばらく経つと僕の姉がポリスやカーズやロキシー・ミュージックなどを僕に聴かせはじめたんだ。] でもバーニング・スピア、カルチャー、そしてボブ・マーリーを聴いたとき、僕はもう完全にレゲエにはまってしまったんだよ」 そうして音楽的素養を身につけ育ったミシカはカナダの大学に進学。 友達のために曲を作ったり歌ったりするようになる。 しかしあまりの自然児ぶりに18歳を待たずにドロップアウト。カリブへと戻る。 それから間もなく、レースの知識も全く無いのにウィンド・サーフィンの世界選手権のバミューダ代表に選出されるなどの離れ業をやってのける。 その間も音楽活動は進めていた彼。 当時UKにおいてプライマル・スクリーム、オアシスを輩出するなどインディーズ音楽産業の中心にいたクリエイション・レコードのアラン・マッギーが 「本当はレコードなんか作りたくなかった。」と言っていたミシカとバミューダ島で出会い、彼を陸にあげることになる。 当時アランはミシカとの出会いを「マンチェスターで現代のジョン・レノンに会い、バミューダで現代のボブ・マーリーに出会った。」と表現した。 もちろん「マンチェスターのジョン・レノン」とはオアシスのリアム・ギャラガーの事で、「現代のボブ・マーリー」とはミシカの事である。 そしてUKへ引越して1999年にクリエイションからリリース(日本はSony/Epicレーベルからリリース)されたデビューアルバム「MISHIKA」はUKでTop40ヒットを記録。 当時「サーフ・ミュージック」という言葉もなかった日本でもリードシングル「ギブ・ユー・オール・ザ・ラブ」のラジオヒットによりオリコン洋楽チャートトップ10を記録。 輸入盤併せて5万枚以上のセールスを記録する。 日本にも1999年のフジロックフェスティバルで来日。 さてその後ミシカはまた海に戻る。 UKクリエイション・レコードの経営破たんも相まって「もう新作は聴けないのでは」というファンの声をよそに2005年、 6年ぶりの新作「ワン・ツリー」を、デビューアルバム制作中に隣のスタジオにいたMartin Terefe(KTタンストール,ジェームス・モリソンなど)と制作。 2006年にはグリーンルームフェスティバルで再来日も果たす。 そして「ワン・ツリー」のツアー中に、長きに渡ってスライ&ロビーのギタリストとして活躍していたダリル・トンプソンと出会う。 二人は新作の制作を開始。 そんな中、デビュー作のファンでもあったハリウッドスターのマシュー・マコノヒー(「評決のとき」「コンタクト」など)がバックパックひとつでMishkaの住むカリブの島に現れ、 彼の新レーベル「j.k.livin」からのUSリリースが決定し、4年ぶりの新作「アバッヴ・ザ・ボーンズ」をリリース。 米ビルボード・レゲエ・チャートで初登場1位、iTunesのレゲエチャートでは世界各国で1位(日本も3位)を記録するなどスマッシュ・ヒットに!アメリカではiTunesアワードの「最優秀新人賞」を獲得するという、 このキャリアにしてありえない偉業を達成!日本にもGREENROOM FESTIVALやSUMMERSONIC09で来日を果たし、再びその「奇跡の歌声」で日本のファンを魅了したことは記憶に新しい。

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